2014年12月27日土曜日

マニピュレーターお仕事のエトセトラ

長いツアーが始まりますと、それをきっかけにこちらへ辿り着いてくださる方も増えるようで「マニピュレーターって、なに?」を頂くことが多くなります。
定期的に出る話題でもありますので、この辺でおさらいといきましょう。
※過去のエントリーと重複する内容も含まれる上、非常に長いです。


まずは成り立ちから。


■音色作り

制作のスタジオワークにおいて、アレンジャーが望む音色を作る。
そもそものスタートはシンセサイザーが発明され普及し始めたころ、その楽器の操作の専門家として様々な音を作るところから始まっています。
例えばフワっとしたイメージのシンセ、重厚なシンセストリングス、はたまた耳を劈く雷鳴の効果音など、その内容は多岐に及びます。
そういえば初仕事のとき、カウベルのサンプルから「ぽちゃっ」という雨音のSEを作ったことがあったなぁ…。


■打ち込み

アレンジャーから渡された楽譜を元にシーケンサーに演奏情報を入力する。
今ではパソコンのソフトにシフトしていったシーケンサー(自動演奏を制御する機械)ですが、最初は専門機器のハードウェアでした。
音の「音程・長さ・強さ」をまるでレジ打ちのように入力していくことから「打ち込み」という言葉が生まれたという説もあります。
機械的に打ち込む他にもリアルタイムに鍵盤で弾いた「演奏情報」を記録させるというやり方もありますね(僕は基本的にはこちらのパターン)。
譜面がなくて「こんな感じのフレーズやって」みたいなオーダーだと、アレンジや演奏能力なども試されます。


上記二点は今やアレンジワークの一環になっているので、アレンジャーが一人で行うことも少なくありません…というか、専任のマニピュレーターを入れる現場は今では少ないのではないかと思います。
僕の場合、ゴスペラーズのメンバーの曲作り…制作サポートとして入るときは必要機材を持ち込み、メンバーの頭の中にあるものを具体化するために音色を用意してトラックを作っていったりしています。
こんな音色のこんなドラムパターンで、こういうコード進行でこんなピアノで…など、ディスカッションしながらベーシックアレンジを作り、そこに歌を録ってラフミックスをするというエンジニア要素も含む何でも屋さんでもあります。
メンバーはあくまでも「曲を作る」ことに集中し、演奏や録音などの実作業部分を僕が担う形ですね。
自分でも曲を書くのでよくわかるのですが、メロディーやコーラスなどを考える段階で音色を探したり自分には難しいフレーズやトラックを作っていくというのはパワー配分がどうしても分散してしまいがちで、そこを分業化できるというのは効率的なのです。

ちなみに「マニピュレーター」という役職名は和製英語で、人の呼び名としては「人の心を操る=マインドコントロールする人」のような余りよろしくない意味を含むようです。
その昔はシンセサイザープログラマー・オペレーターが仕事内容に則した呼び名だったようですが、特にライブ現場において今ではコンピュータープログラマーやProToolsオペレーターと言うようです。
(たとえProToolsソフトを使っていなくても仕事内容を表す呼称なので僕もこちらをよく使います)
さて、ここまでは制作現場でのマニピュレーターのお仕事のざっくりとした解説でしたが、ではライブでは何やってんの?というお話へ。


■シーケンサーオペレーター

生演奏以外の楽器パートを一手に引き受けます。
ステージ上のバンドはドラム・ベース・ギター・キーボードの4人なのにCDに入っていたオーケストラの音が鳴ってる!とか、他にもパーカッション・SEやいろんな楽器の音が聞こえる!なんて場合はマニピュレーターと思って頂ければまず間違いありません。

今では機材の性能も上がったことにより、レコーディング時のトラック(オーディオデータ)をそのまま扱えるようになりました。
ひと昔前、僕が始めた頃はそこまで自由が利かなかったので、先に書きましたシーケンサーの演奏情報をもらったり自分で耳コピして必要なトラックを作って、ステージの一角にセッティングされた沢山のシンセを鳴らしていました。
つまり音色やプレイ内容をCDの"正解の音"を聞きながら自前のシンセやサンプラーなどでそっくりに作ったりアレンジしたりする必要があったため、よりマニピュレーターの腕が試され、同時にマニピュレーターの質が明確化していた時代であったのではないかと思います。
そういった意味もあって制作現場でのマニピュレーターのお仕事はそのままライブサポートにも活きるのですが、レコーディング素材を使ったデータ作りがほとんどとなった今ではもしかしたら「編集・再生しかできません」という人もいるのかもしれませんね。

CD=作品本物の音が使えるなら今のほうが簡単で良いのでは、という意見は確かにそうなのですが、ライブならではのアレンジをする場合やキーを変えての演奏などという場合には構造的な限界があるため、必要に応じてどちらにも対応できる技術を持つマニピュレーターは重宝されます。
僕が「マニピュレーターはミュージシャンである」あるいは「ミュージシャンであるべきである」と思っている理由もここにあります。
実際にその瞬間に演奏するわけではありませんが、根底である音楽的な考え方や技術がなければ生演奏と融合してお客さんの耳に「良い音楽だ!」と感じさせることはできないはずなのです。
僕もそうですが、作曲・編曲のお仕事をしている人が兼任している率が高いのもそんな背景があるのではないでしょうか。

マニピュレーターは多種多様な音を扱うため、最終的に各楽器(生楽器・シーケンス(マニピュレーターパート)、もちろん歌も)をミックスするPAチームに音を渡す前に自分のところである程度のミックスをし、必要に応じてグループ分けして出力します。
この辺りは以前のエントリー「プレイスタイル」をご参照頂ければと思います。
マニピュレーターがPAエンジニアと誤解されがちなのは、自分の音をまとめるためのミキサーがPAのそれと同じために起こる現象なのではないかと思うのですが、どうなんでしょうね?


■曲間=ライブの流れのマネージメント

ライブの流れを牽引するのも大事な仕事のひとつです。
完全に生演奏の場合を除き、マニピュレーターのシーケンス("同期"と呼ばれることもあります)が稼働する場合は楽曲のテンポをドラマーが聞き、そこから楽曲がスタートする場合がほとんどです。
稀に生演奏が先にあり、そこに同期を合わせていくケースもありますが、基本的にはマニピュレーターがコンダクターの役割りを担います。
ケースにより違いはあるもののシーケンスをスタートさせてから実際にお客さんが音を聴くまでには0〜3秒ほどの時間が掛かるので、MCからの移り変わり・前の曲が終わってからのお客さんの反応・メンバーの準備・その他照明やステージ装置などの状態を的確に把握して「お客さんが実際に耳にする瞬間」が一番気持ちの良いタイミングになるように先読みしていく必要があります。
(例えばMCが終わったと同時に曲を始めたい場合などは、終わる言葉の最後の数秒を逆算してスタートさせなければいけないので、喋りのテンポ感を感じ取る能力が必須!)
ここがカチっと決まることでゆったりリラックスした空間やジェットコースターのようなスリリングな展開などの音のストーリー作りが出来るのです。
自分たちの準備の時間などはリハーサルで把握できますがお客さんの反応はその瞬間にならないとわからないので、ボタンを押して全自動で…ともいかないわけですね。

生演奏・歌が本来の時間軸からずれてしまった…というイレギュラーに対応するのも腕の見せどころです。
サビの繰り返しの回数を間違えてしまった!
盛り上がって本来よりも多く後奏を続けたくなった!等々。
シーケンサーは確実に決まったことをするための機械ですから、決まったサイズの演奏情報を順番に再生していきます。
そこから外れた場合にしっかりと生演奏に付いていくにはマニピュレーターのセンスと腕が問われます。
人によって方法は違うと思いますが、僕は本番用のオーディオ再生専用機とは別にパソコンを裏で走らせ、DJのようにタイミングを合わせてスイッチさせるやり方を取っています。
こんなとき、他のメンバーに「あいつはちゃんと合わせてくれるからこっちはこのまま行く!」と思ってもらえるのも信頼関係あってこそのものです。
(潔くシーケンサーをストップさせて生演奏だけで曲の残りをやりきってもらうという判断をするのもまた、センスであり腕であると思います)



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長々と解説してきましたが、他にも定期的に頂く質問の中に「なぜステージ上にいないの?」というものがあります。
僕の場合は「そこにいる必要性がないから」もしくは「必要とされていないから」です。
例えば長く一緒にお仕事させて頂いているゴスペラーズの場合、最初に声を掛けられたときはバンドメンバーとして一緒にステージ上の空間で、というお話でした。
その時の僕は「4リズム(ドラム・ベース・ギター・キーボード)にDJもいるところにパッと見で何をやっているか分かり難いマニピュレーターはゴスペラーズのステージの画には要らないんじゃないか」と思い、オフステージでのオペレートをお願いしました。
結果、バンドメンバーではあるもののオンステージではない、今の状態になったのです。
「バンドメンバーの紹介で呼ばれませんね」というのも、お客さんの目に触れてパフォーマンスしているオンステージのミュージシャンを紹介するというリーダーの考えなのだと思います。
最終日に呼び込まれるのはオフステージを支えるスタッフを代表してという意味も多分に含まれているのではないでしょうか。

後者の「必要とされていないから」には、その現場ごとのマニピュレーターという職種の内容に対する認識や理解の差によるところが大きい気がします。
楽器を演奏しない、というところでスタッフサイドの技術者という感じでしょうか。
シンセデータ制作の行程がなくなりオーディオ再生が当たり前の現在では渡されたデータを再生する人…みたいに考える人も多いようです(その辺り、ミュージシャンサイドはよく分かってくれていますが)。
パーカッションやキーボードなどを兼任するマニピュレーターは自然とステージに上がりますが、純・マニピュレーターは明確な意図がない限りオフステージに配置されるのが通例のようです。
僕は現場ごとにバンドメンバー扱いだったりスタッフ扱いだったりで、たまに混乱します…(笑)
ちなみにマニピュレーターがオンステージのバンドも沢山ありますよ。

どちらにせよギタリストがギターを奏でるようにマニピュレーターはマニピュレーターの音を奏でているわけで、バンドの音のひとつであることに変わりはありません。
実演していないのでプレイヤーではありませんが、楽曲を組み立てる音楽のパートという意味ではシンガー、ドラマー、ベーシシスト、ギタリスト、もちろんその他のミュージシャンと同列という意識を持って望んでいます。
(余談ではありますが、このポイントをライブの作り手側に関わる人々ががきちんと意識してくれている現場は非常に高いクオリティで仕事が出来、それはそのままお客さんの満足度にも貢献できると思っています)
一緒に曲を仕上げていく段階では積極的にディスカッションに参加し、各ミュージシャン、シンガーと理解を深めていく必要があるため、もしかしたらマニピュレーターに一番必要とされるのはコミュニケーション能力かもしれません。
出来ないことと同じくらい出来ることも多いので「こうしてあげると皆が演奏しやすいかも」という思いやりの心があると尚良し!だと思われます。

本番まではエディット作業など時間を必要とする仕事が多いので、とにかく待たせないこと、次の展開を予想して準備することを常に意識しています。
ここをうまく捌けるマニピュレーターがいる現場だと、特にリハーサルにおいて「今、何待ち?」という小さなストレスがなくなり流れを止めずに全体の良いグルーヴを生み出すことが出来ます。
これは本番にも影響してくるのでとても大切なことです!
日替わりで曲のサイズを変えたり、それによってデータ自体に様々な改変を加えなければいけない場合は前もって用意をするといった"勘"を働かせるのも必要な能力のひとつですね。

仕事内容の特性上、ひとつの現場で同業者と会う機会が他のセクションに比べて圧倒的に少ないマニピュレーター。
今の若い世代の方はどのようなシステムでどのような方法論でやっているのでしょう。
興味があります!

1 件のコメント:

  1. 詳細なレクチャー、ありがとうございました(*^ー^)ノ♪

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